江戸時代の元号をざっくり比較するツールを作りました

趣味で調べたことをまとめた個人の記事です。
なるべく正しい情報を載せるよう気をつけていますが、知識不足による誤りや不十分な点があるかもしれません。

江戸時代の書類を読む機会があるため、2つの元号を比較して、どちらが新しいかを判定するツールを作成しました。

元号の一覧は見つかるのですが、「どちらが新しいか」だけをさっと比べられるツールは、なかなか見つかりませんでした。
需要はあまりないかもしれませんが、スマホでページ内検索をするのが少し面倒だったので、自分用に作ってみました。

実際に取り組んでみると、思っていた以上に処理が複雑で驚きました。

難しい点

西暦変換

今回のツールでは、元年同士のざっくりとした比較だけですが、旧暦から西暦への正確な変換には、対応表や専用のライブラリが必要でした。
たとえば寛永元年は、旧暦の「2月30日」から始まりますが、西暦には2月30日という日付は存在しません。
旧暦の日付をそのまま DateTime に入れようとすると、存在しない日付(例:2月30日)がエラーになったり、勝手に「3月2日」に補正されてしまうこともあります。

干支の追加

古文書では「慶長丙申年」のように、元号と干支(十干十二支)だけで年を表している記録もよく見られます。
そのため、ツールにも干支の情報を追加したいと思いました。

ところが、2つの元号にまたがって同じ干支が出現するケースがありました。
これは干支が“年単位”ではなく、“旧暦における年の始まり”を基準にしているためで、
現代の西暦換算とは必ずしも一致しないのです。

現代の暦では1月1日に年が変わりますが、江戸時代の干支は旧暦ベース。
年始はおおむね立春(2月上旬ごろ)とされていたため、
西暦の年をまたいで1つの干支が使われることがあります。

結論

干支の情報は古文書の年を読み解く手がかりとして有用ですが、
旧暦とのズレがあるため、自動計算だけに頼るのはやや危険です。
必要に応じて手入力や注釈を加えることで、より正確な解釈が可能になります。

おまけ:時代区分と改元回数

時代ごとの改元の回数が気になって少し調べてみたところ、意外と複雑で驚きました。
江戸時代は改元が多い時代だと思っていましたが、実は平安時代や鎌倉時代の方がさらに多かったようです。

※時代の区分や期間には、さまざまな学説や見方があります。
ここでは調べたものを一例として紹介しています。あくまで参考程度にご覧ください。

時代区分期間改元回数
飛鳥時代592年〜710年(116年間)
(元号が使われたのは645年から)
6回
奈良時代710年〜794年(84年間)12回
平安時代794年〜1185年(391年間)88回
鎌倉時代1185年〜1332年(147年間)50回
室町時代(南北朝時代~戦国時代)1334年~1573年(239年間)49回
安土桃山時代1573年〜1615年(52年間)3回
江戸時代1615年〜1868年(253年間)35回

鎌倉時代の後半になると、皇室の血筋が「持明院統(じみょういんとう)」と「大覚寺統(だいかくじとう)」の二つに分かれました。
この二つの系統が、おおむね交代で天皇に即位する体制が生まれます。これを「両統迭立(りょうとうてつりつ)」といいます。

その後、持明院統は「北朝」、大覚寺統は「南朝」となり、南北朝時代(1336〜1392年)に入ります。この時代には、南朝と北朝がそれぞれ独自の元号を使っていたため、同じ時期に2つの元号が並び立っていました。

戦国時代から安土桃山時代にかけては、改元の回数が減り、長く続く元号が多くなったといわれています。
理由には、戦乱のため改元の儀式がむずかしかったこと、儀式にかかる費用が足りなかったことなど、いくつかの説があるようです。

気に入ってもらえたら

お読みいただきありがとうございました
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